鎌倉期より天正十八年の奥羽仕置まで、白河庄を拠点として南東北の中世史において大きな役割を果たした結城白河氏は、その権勢を物語るかのように膨大な中世文書を有していました。しかし、白河義親が豊臣秀吉によって所領を没収された後、白河家は秋田藩・仙台藩へそれぞれ仕官した家に分かれ、その際に文書群のほとんども分割されることになりました。さらに、仙台白河家の文書は明治以降になると散逸が進み、原本の所在が不明なものも多く、現在確認されている原本は数カ所で分有している状態です。
 この展示では、仙台白河家文書のうち、今も宮城に残る当館所蔵分と東北大学保管分をあわせて展示することで、散逸する以前の仙台白河家文書の様相の一端をご紹介します。